大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 平成元年(ワ)8号 判決

原告

槙野年次

右訴訟代理人弁護士

奥津亘

佐々木斉

大石和昭

被告

岡山電気軌道株式会社

右代表者代表取締役

松田基

右訴訟代理人弁護士

平松敏男

木津恒良

主文

一  原告が被告の従業員であることを確認する。

二  被告は原告に対し、昭和六二年一二月二五日以降毎月二五日限り一か月金二八万〇八三二円の金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、金三六八万一三五〇円及びこれに対する平成二年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、被告の負担とする。

六  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、二、五項同旨

2  被告は、原告に対し、金三六八万一四二〇円及びこれに対する平成二年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  2項に対する仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、定期路線バス、観光バス、電気軌道、ロープウェイ等の旅客運送営業をなす株式会社であり、岡南営業所、津高営業所等を設置している。

(二) 原告は、昭和五四年二月一六日、被告と雇用契約を結んで被告に自動車運転手として雇用されたものであり、定期路線バスの運転者として労務に従事した後、昭和六〇年七月一六日から観光部観光課の専任運転者となり、観光シーズン中は観光バスの運転者として、シーズンオフの期間中は定期路線バスの運転者として労務に従事してきた。

2  退職願の提出

原告は、昭和六二年一二月二日、被告に対し、退職願(以下「本件退職願」という。)を提出し、原被告間の雇用契約関係終了のための合意解約の申し込みをした。

3  退職願の無効

(一) 原告は、被告が本件退職願を正式に受理承認する前である同月三日、被告の岡田伍郎取締役(以下「岡田営業部長」という。)に退職願の撤回届を提出したが、受取りを拒絶されたため口頭で退職の意思表示を撤回する旨伝え、同月九日には被告の三宅琢也常務取締役兼観光部長(以下「三宅常務」という。)の部屋の事務員に退職願撤回通知を渡したので、同月三日、遅くとも同月九日には本件退職願を撤回した。

(二)(1) 原告は、同月二日一二時ころから一五時ころまで、被告岡南営業所新館ガイド勉強室において、木下賢四郎観光係長(以下「木下」という。)、小若尚嗣観光係主任(以下「小若」という。)、小野田正明岡南営業所運行管理者(以下「小野田」という。)、岩木勝行同営業所運行管理者(以下「岩木」という。)、実盛力同営業所運行管理者代務(以下「実盛」という。)及び斉藤幸治同営業所運行管理者代務(以下「斉藤」という。)の六名の下級職制から、原告が観光バスの業務をした際、指定のドライブインで立寄券に確認印を貰わなかったこと、現金一〇〇〇円と菓子折りを貰ったことを報告しなかったことや日頃の執務態度について責め立てられ、これらが重大な規律違反であり解雇に値すると告げられ、さらに一五時ころから一七時ころまで同館応接室において、三宅常務、森安信次観光課長(以下「森安」という。)畑正志岡南営業所長(以下「畑」という。)、竹内一衛同営業所次長(以下「竹内」という。)及び木下から事情を聞かれたり、注意指導を受け、これらのことは懲戒解雇に値するもので、任意に退職しないときは退職金は支払われないと告げられたため、原告は畏怖し、懲戒解雇の事由があるものと誤信し、退職願を作成しないと懲戒解雇になると信じて、本件退職願を作成して提出した。

(2) 原告は、被告に対し、同月三日、同月九日、遅くとも仮処分申請書により、退職の意思表示を取り消す旨の意思表示をし、右申請書は昭和六三年一月二五日までに被告に到達した。

4  被告は、原告が被告の従業員の地位にあることを争い、原告の就労を拒否している。

5  本件退職願提出前の賃金等

(一) 原告の昭和六二年四月から同年一一月までの平均賃金は、一か月金二八万〇八三二円で、そのうち、基本給は一六万二八〇〇円(年齢給が二万〇一七〇円、勤続給が四〇〇〇円、能力給が一三万八六三〇円)、基準内手当は二万四九〇〇円であった。そして、被告の賃金規程によれば、賃金は毎月二五日に支払うべきものとされている。

(二) 被告は、毎年春期に、その従業員で組織する私鉄中国地方労働組合岡山電軌支部(以下「労働組合」という。)との間で団体交渉を行い、能力給、基準内手当の増額及び年間の臨時給与について労働協約を締結してきた(但し、平成元年からは配分については妥結に至っていない。)。また、被告の賃金規程によると、年齢給と勤続給は定期昇給となっている。原告は、組合員であり、右労働協約に基づいて臨時給が支払われるべきである。

(1) 昭和六二年冬季臨時給

被告は、同年八月八日、労働組合との間で、同年一一月一五日現在の基準賃金(基本給と基準内手当を合わせたもの)の二・五か月分(但し乗務手当は一律三一〇〇円とする)と住宅(第二)手当として一律二万二四〇〇円を同年一二月一〇日支給するとの労働協約を締結した。したがって、原告への支給額は四九万〇六五〇円となる。

(2) 昭和六三年夏季及び冬季臨時給

被告は、昭和六三年七月一五日、労働組合との間で、同年四月以降の賃金について、一人平均七五〇〇円の賃上げをすること、その配分は、定期昇給分五七四円、一律分三〇〇〇円、基本給比例分三三五一円(全組合員の基本給一九万八七九四円)、年齢加給分七五円(四六歳以上のものが対象者)、調整給五〇〇円(八〇〇円、五〇〇円、二〇〇円の三段階の平均値)とすること、夏季及び冬季の臨時給をそれぞれ五月一五日、一一月一五日の基準賃金の二・五か月分とすること、住宅(第二)手当を夏季及び冬季に各二万二四〇〇円とすること、夏季臨時給は同年七月八日仮払いしたので、差額分について同年九月九日に支払い、冬季臨時給は同年一二月九日に支払うことで妥結した。

妥結による昇給と定期昇給(一月一五日に年齢給が一四〇円、七月一五日に勤続給が五〇〇円それぞれ加算される)により増額した原告の基準賃金をもとにすると、夏季臨時給は五〇万六六〇〇円、冬季臨時給は五〇万七八五〇円となる。

(3) 平成元年夏季及び冬季臨時給

被告と労働組合は、平成元年四月以降の賃金について、一人平均九五〇〇円の賃上げをすること、夏季及び冬季の臨時給をそれぞれ五月一五日、一一月一五日の基準賃金の二・五か月分とすること、夏季臨時給は同年七月一〇日、冬季臨時給は同年一二月八日に支払うことで妥結した。しかし、賃上げの配分については妥結に至っていない。また、住宅(第二)手当は精励手当とされ、三万円、二万円、一万円の三段階で査定が行われることになり、査定分に一律二四〇〇円が加算されることになった。

そこで、被告の示した配分方法(定期昇給分五八〇円、一律分二七〇〇円、基本給比例分三四七〇円(全組合員の基本給二〇万二九〇八円)、調整給一〇〇〇円(一五〇〇円、一〇〇〇円、五〇〇円の三段階の中間値)、その他の手当一七五〇円)と精励手当を中間値とし、平成元年の定期昇給分(一月一五日に年齢給が一四〇円、七月一五日に勤続給が五〇〇円それぞれ加算される)を考慮して原告の臨時給の計算をすると、夏季臨時給は五二万九〇八〇円、冬季臨時給は五三万〇三三〇円となる。

(4) 平成二年夏季及び冬季臨時給

被告と労働組合は、平成二年四月以降の賃金について、一人平均一万二二〇〇円の賃上げをすること、夏季及び冬季の臨時給をそれぞれ基準賃金の二・五か月分とすること、夏季臨時給は同年七月一〇日、冬季臨時給は同年一二月一〇日に支払うことで妥結した。しかし、賃上げの配分については妥結に至っていない。精励手当は前年と同様である。

そこで、被告の示した配分方法(定期昇給分五七六円、一律分三〇〇〇円、基本給比例分四九二四円(全組合員の基本給二〇万九一一八円)、調整給一五〇〇円(二一〇〇円、一五〇〇円、九〇〇円の三段階の中間値)、その他の手当二二〇〇円)と精励手当を中間値とし、平成元年の自動昇給分(一月一五日に年齢給が一三〇円、七月一五日に勤続給が五〇〇円それぞれ加算される)を考慮して原告の臨時給の計算をすると、夏季臨時給は五五万七八三〇円、冬季臨時給は五五万九〇八〇円となる。

平成二年一二月一〇日は経過した。

6  よって、原告は、被告に対し、雇用契約に基づき、原告が被告の従業員であることの地位の確認を求めるとともに、賃金請求権に基づき、昭和六二年一二月二五日以降毎月二五日限り一か月金二八万〇八三二円の賃金と金三六八万一四二〇円及びこれに対する平成二年一二月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2、及び4の各事実は認める。

2(一)  同3(一)の事実のうち、原告が同月九日、被告の三宅常務の部屋の事務員に退職願撤回通知を渡したことは認め、その余は否認する。

(二)  同3(二)の事実のうち、原告主張の者が、原告に対し、事情聴取、注意指導を行ったことは認め、その余は否認する。退職願は、原告の自由な意思決定に基づいて提出されたものである。

3(一)  同5(一)の事実は認める。ただし、貸切バスの業務は四月から一一月までは繁忙期であり、一二月から三月までは閑散期であるから、繁忙期の給与のみを基礎として平均賃金を算出することは妥当でない。

(二)  同5(二)の事実のうち、被告が、毎年春期に、労働組合との間で団体交渉を行い、能力給、基準内手当の増額及び年間の臨時給与について労働協約を締結してきたこと、被告の賃金規程によると、年齢給と勤続給は定期昇給となっていること、昭和六二年から平成二年まで、原告主張の協約を締結していること、平成二年一二月一〇日が経過したことは認め、その余は否認する。

三  被告の主張

原告の退職願は、原告の人事について権限を有していた三宅常務がこれを承認する旨述べて受け取ったときに、被告は原告の退職申出に対し承認の意思表示をしたので、すでに雇用契約の合意解約が成立しており、退職願を撤回する余地はない。

四  被告の主張に対する認否

争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する(略)。

理由

第一従業員の地位の存否について

一  請求原因1(当事者)、2(退職願の提出)及び4(就労拒否)の事実は、当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実と成立に争いのない(証拠・人証略)、並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和六二年一一月末日まで観光部観光課のバス運転手として勤務し、同年一二月一日からはシーズンオフに入ったこともあって営業部岡南営業所に配属された。

2  原告は、同年一一月二二日から二三日にかけて三重県渡鹿野へ観光バスで観光客を運んだ際、添乗員の業務も兼ねていたのにもかかわらず、被告と契約を締結している土産品等販売店の勢乃国屋へ立寄券を渡して立寄確認印をもらうことをせず、同店から菓子折りと現金一〇〇〇円を受け取ったことを報告しなかったうえ、被告から預託された予備費(必要経費準備金)四〇〇〇円から駅入場料金一二〇円、電話料金一三〇円を支出したが領収書の整備や観光部係員の小若への報告を怠った。また、原告は、同月二八日には実盛から原告の担当車両に不凍液を入れ、チェーンを積み込むようにとの指示を受けながら、これに従わないまま同三〇日から同年一二月一日にかけて山陰の吉岡温泉に観光客を運んだ。そして、同日は終業点呼をうけないで帰宅した。

3  この様なことのほか、原告には日ごろの勤務態度にも問題となる点があったため、岩木は、同月二日、原告に対し事情聴取や注意するために津高営業所の勤務に就いていた原告を岡南営業所に呼び出した。原告は、呼び出しを受けた際、労働組合の岡南分会会長の森下勇に立ち会ってもらうことにしていたが、岡南営業所で行き違った。

4  原告は、岡南営業所新館二階ガイド勉強室において、同日午後零時一〇分ころから約二時間にわたり、小若、実盛、斉藤、岩木、小野田及び木下から、入れ替わり立ち代わり、前記2の事項や車内の着色蛍光灯を取り外すようにといった日ごろの職務規律違背について事情聴取されるとともに指導注意を受けた。原告は、その間、姿勢をくずしたまま煙草を吸ったりして、質問に対しても沈黙して答えなかったりした。そこで、木下は、三宅常務に事情聴取の模様を報告し、三宅常務は、渡鹿野へ乗務した際の立寄券について報告書をかかせることを指示し、木下が、原告に報告書を作成するよう指示した。

原告は、右指示にしたがい同日午後四時前ころまでかかって報告書(〈証拠略〉)を書いて提出したが、これを読んだ三宅常務は、自ら事情聴取する必要があるとして、同日午後四時ころから、新館一階応接室において、安森、木下、畑、竹内が同席して、引き続き原告から事情聴取した。しかし、原告は、長時間沈黙を続けるなどして反省の色を示さず、また満足のいく回答をしなかったため、三宅常務らは、原告に対し悪感情を抱き、原告の前記2の事項が重大な規律違反であり、懲戒解雇事由に該当するかのように「立寄券は金券と同じだ。」「異性関係、暴力、金銭、この三つはタブーだ。」「諭旨解雇か懲戒解雇かどちらかを選びなさい。」などと発言し、三宅常務は「私はちょっと出ているよ。」といって途中で退席した。

原告がその後なお黙っていると、畑が早く結論を出すように、三宅常務に失礼であるなどという趣旨のことをいったので、原告は、再び三宅常務を呼んでもらったが、三宅常務は「君が私の部下であることが残念だ」などと言われたことから、長時間にわたる事情聴取から早く免れたいとの気持ちもあって、懲戒処分を受けて退職金まで失うよりは退職した方がよいと思い、同日午後五時ころ、自ら退職願を書くことを申し出た。そして、畑が書いて示した書式にしたがってその場で代表取締役社長松田基宛の本件退職願を作成し、畑と一緒に、自席に戻っていた三宅常務のところに持参し手渡した。

前記2の原告の行為は、被告からみても解雇に値するほどのものではなく、原告の退職届提出は予想外のことであったが、三宅常務は原告を慰留することもなく、本件退職届を受けとった。

5  原告は、退職届を提出した後、自分のロッカーの片付けを始めたが、全部は片付けることができず、現在もロッカー内に荷物を置いている。

原告は、一時の感情から衝動的に退職届を出したが、割りきれない思いがして同日友人の藤井健治に相談し、さらに翌三日、労働組合の執行委員長山本利正(以下「山本」と言う。)の意向を受けた執行委員仲前瀬夫(以下「仲前」と言う。)に本件退職届提出に至った経過を話して相談した。その結果、本件退職願は撤回すべきであるということになり、原告は「退職願について御届」と題する書面を作成した。山本と仲前は、同日午前一〇時四〇分ころ、三宅常務を訪ね、原告の退職願の撤回、再入社を打診したが、同常務は「その件ならすでに本社の方へ回っており、どうにもならない。」と言い申出を取り上げなかった。そして、山本は、原告から撤回届を預かり、同日午後四時三〇分ころ岡田営業部長に面会に行ったが、同部長も「この件は本社に回っている。」と言ったため、撤回届を見せることもなく持ち帰った。

6  その後、労働組合の幹部は、被告に対し、原告の退職願撤回を認めるよう要求して、同月四日、五日、八日、一五日と団体交渉をするなどの組合活動を展開したが、被告のいれるところとはならなかった。

7  原告は、その間、同月九日に山本とともに本件退職願の撤回の意向を伝えるため三宅常務のところに行ったが、このとき同常務は出張中のため不在であったので、撤回届が入った封筒に「昭和62年12月9日」と記入し、これを同室の女子職員に手渡して同常務に届けるよう依頼し、同日三宅常務は撤回届を受けとった。

8  被告は、これに対し、同月一一日、原告に対して、代表取締役松田基名をもって、本件退職願の件は同月二日の受理承認によって完了しており、いまさら撤回は認められない旨の通知を発し、同月一二日原告に到達した。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する(証拠・人証略)、原告本人尋問の結果の各一部は、前掲各証拠に照らして採用できない。

三  原告の提出した本件退職願が原被告間の雇用契約関係終了のための合意解約申込みの意思表示であることについて、当事者間に争いはない。ところで、被用者による雇用契約の合意解約の申込みは、これに対して使用者が承諾の意思表示をし、雇用契約終了の効果が発生するまでは、使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情がない限り、被用者は自由にこれを撤回することができるものと解するのが相当である。

そこで本件について検討する。右一及び二の事実によれば、原告は、昭和六二年一二月二日、退職もやむをえないと考え本件退職届を被告に提出したこと、その後労働組合の幹部に相談したところ、退職について考え直し、同月九日に本件退職願の撤回届を被告に提出し、雇用契約の合意解約申入れの意思表示を撤回し、これは同日被告に到達したこと、被告は、同月一二日に至って初めて被告の社長名において原告の退職承諾の意思表示をしたこと、したがって、この承諾は雇用契約の合意解約申入れの意思表示を撤回した後のもので法的意義を有しないものであること、原告の撤回届が本件退職届提出から一週間経過して到達しているが、その間三宅常務や岡田営業部長には山本から原告の退職届の撤回について打診があり、また、労働組合が原告の撤回の意思を伝えて被告と団体交渉を継続していたことが認められ、結局、本件退職届による雇用契約の合意解約申入れの意思表示は、被告の承諾以前に撤回されたもので、使用者である被告に不測の損害を与えるなど信義に反するような特段の事情はないものといえる。

四  そこで、被告の主張について検討する。

三宅常務は常務取締役観光部長として、営業部、観光部、整備部の主任以下の従業員について退職承認を含む人事権を与えられており、同月二日、本件退職願を受理したとき、ただちに承諾の意思表示をした旨主張し、(証拠略)(三宅琢也の陳述書)、(証拠略)(楢村普典の陳述書)、(証拠略)(いずれも畑正志の陳述書)(証拠略)には、右主張に添う「三宅常務は包括的人事権を与えられていた」又は「原告が退職願いを提出したとき、同常務は、『わかりました、認めて処理します』と述べ退職を承認した」旨の記載部分がある。

そこで、三宅常務には被告が主張するような人事権を付与されていたかどうかについて検討してみる。

前掲各証拠と、成立に争いのない(証拠略)によれば、原告が昭和六二年一二月二日作成した本件退職願は、常務宛でなく社長宛となっていること、被告には会社組織上労務部が置かれており、その「業務分掌規程」には明文をもって、従業員の求人、採用、任免等に関する事項は労務部の分掌とされていること、労務部には楢村普典部長以下の職員が配置されており、その統括役員は三宅常務ではなく吉永元二常務取締役であること、右分掌規程には、分掌の運用に当たってはその限界を厳格に維持し、業務の重複および間隙又は越権を生ぜしめてはならない旨規定していること(第三条)、被告は業務分掌規程と職務権限規程とは別個であると主張しながら、職務権限規程について明文で定めたものは存在しないこと、また、権限委譲についても明文で定めたものはないこと、通常の退職願承認の手続は、社長宛の退職届が所属長に提出され、所属の部長、担当常務に渡され、営業所長が退職届を受理すると判断のうえ、営業課の稟議簿に記録し、営業課長、営業所長、自動車部担当常務と順次閲覧の後、本社労務部にまわされ担当の常務取締役、専務取締役によって決済され承認していたことが認められ、これによると結局、三宅常務には同人が統括する観光部、営業部、整備部に所属する従業員の任免に関する人事権が分掌されていたとは解されない。しかも、原告が本件退職願を提出するに至った経過に照らしてみれば、三宅常務が専務取締役石津俊夫との協議を経ることなく単独で即時退職承認の可否を決し、その意思表示をなしえたということはできない。

なお、三宅常務が本件退職願を原告から受け取ったとき、ただちに退職承認の意思表示をした旨の主張については、(証拠略)に照らして採用することはできず、他にこの点に関して被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

五  以上のとおり本件退職願は、昭和六二年一二月九日の撤回届の提出により有効に撤回されたものというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告は被告の従業員たる地位を有するということができる。

第二賃金請求について

一  右のとおり、原告は被告の従業員たる地位を有しているのに、被告が原告の就労を拒否しているのであるから、原告は、昭和六二年一二月三日以降も賃金請求権を有している。

二  そこで、まず原告の請求し得る賃金について検討する。

1  請求原因5(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  被告は、繁忙期の給与のみを基礎として平均賃金を算出することは妥当でないと主張するが、閑散期の賃金についての具体的な立証はない。

3  したがって、原告は、被告に対し、昭和六二年一二月以降、毎月二五日限り、金二八万〇八三二円の賃金請求権を有している。

三  次に臨時給について検討する。

1  請求原因5(二)の事実のうち、被告が毎年春期に労働組合との間で団体交渉を行い、能力給、基準内手当の増額および年間の臨時給与について労働協約を締結してきたこと、被告の賃金規程によると年齢給と勤続給は定期昇級となっていること、昭和六二年から平成二年まで、被告と労働組合との間において原告主張の労働協約が締結されていること、平成二年一二月一〇日は経過したことは当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実、前掲各証拠及び成立に争いのない(証拠略)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告の昭和六二年一二月二日現在の基準賃金は、年齢給二万〇一七〇円、勤続給四〇〇〇円、能力給一三万八六三〇円からなる基本給と家族手当七九〇〇円、精勤手当一八〇〇円、職務手当二〇〇〇円、食事手当平均一五〇〇円、乗務手当平均三五〇〇円、住宅手当七〇〇〇円、その他の手当一二〇〇円からなる基準内手当二万四九〇〇円の合計一八万七七〇〇円であった(別表〈略〉〈1〉)。

また、原告は、毎年一月一五日に年齢給が一四〇円(平成二年からは一三〇円)、七月一五日に勤続給が五〇〇円自動的に昇給となる。

(二) 被告は、昭和六二年八月八日、労働組合との間で、同年一二月一〇日に冬季臨時給として同年一一月一五日現在の基準賃金の二・五か月分(ただし、乗務手当は一律三一〇〇円として計算する。)と一律支給の第二住宅手当二万二四〇〇円を支給する旨の労働協約を締結した。原告の同年一一月一五日現在の基準賃金は、同年一二月二日の基準賃金と同一である。

(三) 被告と労働組合は、昭和六三年七月一五日、同年四月以降の賃金について、一人平均七五〇〇円の賃上げをすること、その配分は、定期昇給分五七四円、一律分三〇〇〇円、基本給比例分三三五一円(全組合員の基本給一九万八七九四円であるから比率は〇・〇一六八五六六となる。)、年齢加給分七五円(四六歳以上のものが対象者)、調整給五〇〇円(八〇〇円、五〇〇円、二〇〇円の三段階の平均値)とすること、夏季及び冬季の臨時給をそれぞれ五月一五日、一一月一五日の基準賃金(ただし、乗務手当は一律三一〇〇円として計算する。)の二・五か月分とすること、住宅(第二)手当を夏季及び冬季に各二万二四〇〇円とすること、夏季臨時給は同年七月八日仮払いしたので、差額分について同年九月九日に支払い、冬季臨時給は同年一二月九日に支払うことで妥結した。

(四) 被告と労働組合は、平成元年四月以降の賃金について、一人平均九五〇〇円の賃上げをすること、夏季及び冬季の臨時給をそれぞれ五月一五日、一一月一五日の基準賃金(ただし、乗務手当は一律三一〇〇円として計算する。)の二・五か月分とすること、夏季臨時給は同年七月一〇日、冬季臨時給は同年一二月八日に支払うことで妥結した。しかし、賃上げの配分については妥結に至っていないが、被告は、定期昇給分五八〇円、一律分二七〇〇円、基本給比例分三四七〇円(全組合員の基本給二〇万二九〇八円であったから比率は〇・〇一七一〇一三となる。)、調整給一〇〇〇円(一五〇〇円、一〇〇〇円、五〇〇円の三段階の中間値)、その他の手当一七五〇円という配分方法により支給している。また、住宅(第二)手当は精励手当とされ、三万円、二万円、一万円の三段階で査定が行われることになり、査定分に一律二四〇〇円が加算されることになった。

(五) 被告と労働組合は、平成二年四月以降の賃金について、一人平均一万二二〇〇円の賃上げをすること、夏季及び冬季の臨時給をそれぞれ基準賃金(ただし、乗務手当は一律三一〇〇円として計算する。)の二・五か月分とすること、夏季臨時給は同年七月一〇日、冬季臨時給は同年一二月一〇日に支払うことで妥結した。しかし、賃上げの配分については妥結に至っていないが、被告は、自動昇給分五七六円、一律分三〇〇〇円、基本給比例分四九二四円(全組合員の基本給二〇万九一一八円であったから、比率は〇・〇二三五四六五となる。)、調整給一五〇〇円(二一〇〇円、一五〇〇円、九〇〇円の三段階の中間値)、その他の手当二二〇〇円という配分方法により支給している。精励手当は前年と同様である。

3  昇給制度や精励手当等の支給は、具体的な個人に対して査定による加減を行うものではあるが、被告によって就労を拒否された結果査定の基礎となる資料、実績などを欠いている本件においては、原告は少なくとも平均昇給率及び平均値、中間値の限度において労働協約の効力を享受すべきものと解するのが相当である。

したがって、原告の賃上げは、昭和六三年が、一律分三〇〇〇円、基本給比例分二七四〇円(一六万二八〇〇円×〇・〇一六八五六六、一〇円未満切捨て)、調整分五〇〇円の合計六二四〇円(別表〈3〉)となり、平成元年が、一律分二七〇〇円、基本給比例分二九〇〇円(一六万九八二〇円×〇・〇一七一〇一三、一〇円未満切捨て)、調整分一〇〇〇円、その他の手当一七五〇円の合計八三五〇円(別表〈6〉)となり、平成二年が、一律分三〇〇〇円、基本給比例分四一六〇円(一七万七〇五〇円×〇・〇二三五四六五、一〇円未満切捨て)、調整分一五〇〇円、その他の手当二二〇〇円の合計一万〇八六〇円(別表〈9〉)となる。

そうすると、原告の昭和六二年冬季臨時給、昭和六三年の夏季及び冬季臨時給、平成元年の夏季及び冬季臨時給、平成二年の夏季及び冬季臨時給の額は別紙(略)計算記載のとおりとなる。

4  以上によれば、原告は、三六八万一三五〇円の臨時給請求権を有していることになる。

第三結論

よって、原告の本訴請求は、従業員たる地位の確認、昭和六二年一二月二五日以降毎月二五日限り一か月金二八万〇八三二円の賃金請求、臨時給金三六八万一三五〇円及びこれに対する履行期後の平成二年一二月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、認容し、その余は理由がないから棄却することとし、民訴法八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 梶本俊明 裁判官 岩谷憲一 裁判官 下村眞美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例